第 1 回リザーバー研究会が名古屋で開催されたのは、今から遡ること 26 年前の 1986 年 6 月のことと記されていますので、私が医師としての歩みをはじめたのとまさに同じ時期にあたります。筑波大学附属病院の研修医であったその頃の私のあこがれは、ブレザー型白衣で、指示棒の先で画像を示しながら(当時はシャウカステンにフィルムの時代でした)、颯爽とカンファレンスを仕切る、いなせな放射線科医でした。
その後、板井悠二先生のご指導によって肝の画像診断に興味をもった私は、筑波大学での 6 年の研修を了したのちに、肝外科の長谷川博先生がいらした茨城県立中央病院に赴任して、肝・胆・膵の症例をたくさん診せていただきました。そして研修医時代には齋田幸久先生、和田光功先生、そして茨城県立中央病院では小林尚志先生から手ほどきを受けた IVR も、まあ相応にこなせるようになっており、画像診断から IVR をこなす一端の放射線科医を気取っていたその頃だったと思います。
私にとっては大きな転機となるできごとがありました。胃癌・肝転移で著しい肝腫大を来しすでに閉塞性黄疸を発症していた患者さんに、肝動注化学療法をおこなうことを長谷川博先生が提案されたのです。そして肝動注リザーバーを留置するために、急遽 Dr. A が招請されました。複雑な肝動脈の分岐亜型あり、高血流の巨大肝腫瘍による血流動態の変化や肝動脈走行の偏位あり、そしてよくわからないままに準備したデバイスの品揃えの不備ありと、さまざまな不都合条件が重なった、大変なリザーバー留置だったと記憶してきます。しかし、若かりし日(今もあまり変わりませんが・・・)の Dr. A の助手として、けなげ?に動き回った私に残されたのは、疲れや終わったという安堵感だけでなく、“これだ” という強い手応えでした。肝動注リザーバー留置には、血流改変による肝動脈血流の制御から、長期的に治療に使える安定したカテーテル留置に至る精緻な IVR 技術に加え、肝腫瘍の画像診断、血管解剖の把握、そして血流動態の解析まで加えた深謀遠慮が求められることが、漠然とではありましたが解ったのだと思います。
これを、如何に ”粋” にこなせるようになるかが、それからの私の志になりました。
今でも、どきどきするような血流改変を、さも当たり前のようにこなすのが大好きです。そして血流改変を “極める” ために、マイナー(稀)な血管解剖や、肝血流動態の機微といった、”重箱の隅” にまで、目ばかりではなく心を配ることを、これまで忘れないようにしてきたつもりです。
本会を、リザーバー(ポート)を用いたさまざまな治療に関わる、“粋を極める” 技術を伝承するための、そして“重箱の隅”をつつくような細かな気配りまで語り合える研究会にするために、皆様のご助力を賜われますようお願いいたします。
第37回リザーバー研究会 当番世話人
がん研有明病院画像診断部
松枝 清